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土地の取得時効と頼朝公
皆さん、こんにちは。
この前山本七平さんの本を読んでいたら、思わぬことを知ってしまいました。土地の時効取得のことです。
我が国の民法では、悪意をもって土地を占有しても、20年間続けて占有したらその占有者がその土地の所有権を取得することができます(民法第162条1項)。言うまでもなく我が国の民法は、明治時代になって主としてドイツ民法を参考にして作られました。ですから、私は民法の多くがドイツのそれを採用していると勝手に考えていました。土地20年の取得時効もドイツ人の考えだろうと漠然と考えていました。
ところが、この土地取得時効の考えは、我が国に800年も前からある考えのようです。源頼朝公の時代には、この考えが確立していたようです。貞永元年(西暦1232年)、北条泰時らが制定した御成敗式目(貞永式目ともいう)の第8条にこうあります。
「御下文を帯すと雖も、知行せ令め不して、年序を経る所領の事。
右、当・知行の後、二十箇年を過ぐらば、右大将家の例に任せて、理非を論ぜず、改替に能わず」
(右大将とは頼朝公を指します)
目から鱗が落ちました。
我が民法が猿まねではないらしいということは誇らしいことです。けれど、我が民法が800年も前の慣習を守っているということには、本当に驚きました。
さて、御成敗式目にある考え方を何故明治初期に民法を作った人が知っていたのでしょうか?どうやら、御成敗式目は江戸時代には寺子屋などでも手習いに使っていたようで、いわば一般常識だったようです。時代が変われば古い慣習を弊履のように捨ててしまう、そんな風に思っていたこともあったのですが、歴史というものはそんな物ではない、歴史は連綿と続いていると言う当たり前の事実を再認識しました。
もっとも、納得できない点もあります。
頼朝公の時代の平均寿命が何歳か知りませんが、たぶんせいぜい40年とか50年とか、そんなものでしょう(信長公の時代が50年のようですから・・・・)。してみると、20年とはその時代では相当に長かったのではないのでしょうか。相当に長い間勝手に占有し、なおかつ所有者がそのことを放置すれば、その土地はその占有者のものになるというのは、何となく解ります。ただ800年前の20年間と現在のそれとは、感覚的に相当異なっているような気がします。今は平均寿命は80歳を越え、鎌倉時代の倍くらいになっているのに、時効取得の期間が同じだということは腑に落ちないことです。実際、50歳前の小生にとって20年前なんか昨日のことのようですから。
まぁ、法が保守的なのは驚くことではないのかもしれないですが・・・・・
07年6月16日 (K生)
皆さん、こんにちは。
今日からHPを少し変えました。それに伴い、この場所に駄文を書いていくことにしました。読んでくれる人のためになることは無いと思いますが、読んでいただけたら幸いです。
さて5月も終盤になり、いよいよ夏が近づいてきました。
この3年くらいのことですが、夏には私の中でひとつのイベントがあります。マイナーなレースですが、富士吉田市で開かれる富士登山競走です。富士吉田市役所から富士山の頂上まで、距離21km、標高差3km、制限時間は4時間半のレースです。今年は7月27日に開催されます。
小さいときから体力はある方で、若いときは少々登山もやってました。富士山はポピュラーな冬山登山の訓練地なので、何度か登ってました。ですから、正直なところ所詮管理されたレースだろう、という気分もありました。
ところが、2年前の初参加では制限時間ギリギリでゴール、昨年は惨めにも8合目で敗退してしまいました。
まさか敗退するとは。相当なショックです。
今年は雪辱を期して、3月くらいからトレーニングを始めました。2週間に一度、丹沢を走ったり、週に2〜3、ジムや近所でランニングをやったりしてます。おかげで体調は良くなってます。ベルトが3cm程短くなるという、思わぬ副産物もあり体型も改善されたようです。あと2ヶ月、このペースで調整を続ければ、4時間以内という所期の目標も達成できるような気分にもなってきました。
今年は、嬉しいことに中途入社のA君が参加を表明しました。すると親密先のB氏も参加してくれることになりました。
ランニングは一人でやるもので、完走したからと言って誰も誉めてくれない自己満足の世界です。ですからモチベーションを維持するのが難しいところがあります。
けれど、仲間がいると違います。無様な姿は見せられないし、法螺吹きとも言われたくない。4時間以内で完走すると宣言したからには、何が何でも達成しないといけない。
俄然やる気が出てきました。
何としても4時間以内で完走し、そうしてまた次の目標を目指していこう、そんな気持ちになってます。
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